病は気からと言われ、実際その通りだと思うのだが、気は病からというのもまたしかりだと今回の風邪で痛感した。
普通の風邪であれば一週間もすれば治ってしまうから、体調の崩れによる精神状態の悪化というのは感じにくい。
だが私が今年ひいた風邪は、しつこい悪代官のような長期型だった。夏バテから始まり、インフルエンザ、喘息……。急性症状が落ち着いたのちも続く、微熱と息苦しさ。
実に三ヶ月以上、体調が崩れっぱなしだった。
必死の回復作戦が功を奏したのか、ここへ来てめきめきと体の調子が良くなってきて興奮しているところなのだが、一番ありがたいのは気持ちが明るくなったことだ。("必死の回復作戦"について詳しくは「マクロビオティック実践の果てに」参照)
おお、体が健康だとここまで気持ちが晴れやかになるのか! と、健康と手をつないでダンスしたくなる。
風邪が治って、体が動くようになったのを喜んだことは今までもあったが、精神状態が良くなったのに感動したのは今回が初めてだ。
体調不良のさなかにいるときの私は暗かった。
半分以上死んでいた。
夜、ベッドに入ってから心臓のあたりが痛んだり、胃が重たくなったりすると、もうこのまま治らず死ぬかもしれないと本気で思っていた。
いや、むしろ死ねたら楽だと思っていた。夜、寝ているうちに死んでしまいたい。ここから先の人生なんて見たくない。もうやりたいことはやった。ここで終わらせたい。
棺桶に入っている自分を想像した。泣いている両親が見えるようだった。一報を受けて驚く友人の顔も見えた。
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悔いのない人生ではあった。けれどこんなことになってしまったのは悔やまれる。ああ、なぜあのとき体が壊れるくらい暴食してしまったか。
涙を流しては枕を濡らしていた。
自分でも、精神状態がおかしいことはわかっていた。だがどうすることもできなかった。「気は病からだ。病気のせいだ」と何度も思った。
どん底まで行って、そのまま無明の暗闇に沈み込んでいくのだと悲観していた。体調悪化、精神悪化、さらに体調悪化。これぞ負のスパイラル。抜け出せる気がしなかった。だが光は射した。
良くなってきたのだ。気力がみなぎってきた。
それにともない、未来のことを考えられるようになった。希望を抱けるようになった。
カーテンを開け、空を眺めてその美しさに感動できる心を取り戻した。
体が健康だと、心はこんなにパワフルになる!
病は気から。そして、気は病から。
健康に飽き、病に堕ちた私は、病の暗さゆえに健康の明るさを知った。
精神が蝕まれるのは、肉体が病むの以上に辛い。精神のきらめきだけは失いたくない。
そのためには肉体の健康を維持する必要がある。
私の大切な宝物、"情熱に輝く心"のために。
体が喜ぶこと、心が喜ぶこと。この健康道で、見つけていきたい!
追記:病気状態で精神を明るく保つということ
2019年追記:上記コラムは私が健康を崩して精神を暗くし、その後、体調が最悪の状態からは持ち直したことで心の元気を取り戻したことの喜びを書いたものだが、最近は、体が不調な中でもどうしたら明るい心でいられるのかというのをよく考える。
体が元気になれば心が元気になるというのは確かにその通りなのだが、では、体が元気にならなければ、暗く落ちた気持ちを明るくすることはできないのか?
人間、「これ以上良くなりようもない病気」にかかることもある。そんなとき、心を明るくするすべがないというのではあまりに希望がない。
だから近頃は、体調が悪い中でも心を明るく保つ訓練をしようと思い、たとえばひどい腹痛のときなんかに、必要以上に不安にならないように、大丈夫、大丈夫と平穏を維持する心がけをしている。
しかし体調不良のさなかに平静でいるというのは困難なものである。本当に毎回難しさを感じる。
とにかく、体調不良を自分にとっての異物ととらえず、自分と一体のものと考えて受け入れ、今、自分はどこがどんな風に痛いのか、何をすると痛いのか、冷静に観察するような気を持つと少しは不安が和らぐような気がしている。
今後も、体調不良でも明るい心でいるためのコツを探して試行錯誤し、何かわかったことがあればコラムとして書いていきたい。
【マクロビオティック卒業後の食事法について】
追記:マクロビオティックを卒業後は、自分オリジナルの健康道に移行しました。↓
↑「玄米・ごぼう汁基本食」を食べたらあとは何を食べても自由という食事法です。