洋菓子はマクロビオティックの対極にあるような存在。
なんせ洋菓子は、卵を使ってふんわりさせ、バターを使ってしっとりさせ、生クリームでコクを出しているのだ。白砂糖だって使い放題。
健康よりも、見た目の美しさや舌が喜ぶ美味しさを追求する世界。マクロビオティック的に再現するのが一番難しい分野とも言えるだろう。
けれどその困難に挑戦してらっしゃるマクロビオティックスイーツ専門店があると知り、うかがってみた。
パティスリーシンプルモダンマクロビオティック
東京、自由が丘にある「パティスリーシンプルモダンマクロビオティック」。
駅を出て、左に曲がれば良かったところを右に曲がったせいで道に迷い、順調にいけば3分足らずで到着するところを40分もかけてたどり着いた頃には汗だくでお腹もぺこぺこだった。
お菓子だけ食べようと思っていたのを、「やっぱりちょっと軽食をとろう」と計画変更。店の前のパネルを見ながら注文するメニューをじっと考え込んでいた。
すると、シェフが「いらっしゃいませ」と店の中からガラス扉を開けてくださった。私があまりにも店の前でじーっとしていたからだろう。注文するものを決め、慌てて中に入った。
マクロビオティックブランチ
扉を開けてくださったシェフの平田優(あつし)氏は元々フレンチの料理人で、その後、マクロビオティックレストラン「クシ・ガーデン」総料理長にも就任なさった方だ。
1580円の「マクロビオティックブランチ」を頼んで最初に出てきたポタージュには、その平田シェフのフレンチのエッセンスが盛り込まれていた。まず、見た目が美しい。
↑ミックス野菜のポタージュ。昆布と干し椎茸のだし汁に、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、コーンを加えたという。野菜の旨味がだし汁と溶け合って、シンプルなのにとても美味しい。
上の白い泡は豆乳。ぴりっと塩辛いつぶつぶの岩塩が泡の中に隠れていて、味のアクセントになっている。
フランス料理では、ポタージュにバターが使われていることが多い。それはそれで美味しいが、バターの脂っこさで胸焼けを起こすこともあった。けれどこのマクロビオティックポタージュは、胃にスッとなじんでくれる。
マクロビオティックとフレンチの融合って、案外可能なのかもしれないと思わせてくれる。
マフィン、キッシュ、サラダ
↑次のプレートにのせられて運ばれてきたのは、 かぼちゃとレーズンのマフィン、玄米とバジルの豆腐キッシュ、ユリ根とじゃがいものサラダだ。
マフィンは全粒粉がたっぷりでざっくりと噛みごたえがあり、お腹にたまる。
ユリ根とじゃがいもは、ほっくりとゆであげられて、艶のあるドレッシングがかけられている。塩味がきいていて食欲をそそる。
そしてなんと言っても私が気に入ったのはキッシュだ。一番上の豆腐層の下に、リゾット風の玄米ご飯がぎっしり詰まっている。細かく刻まれたバジルやにんじんとの相性も抜群。初めて、洋風に調理された玄米を食べた。
バルサミコ酢をベースとしたソースも、キッシュを引き立てていた。
「陰を知る者は玄米の一粒も残さないものである」……なんて桜沢氏の言葉を思い出しながら、よく噛んで味わい、一粒も食べ残しなく満足してフォークを置いた。
三年番茶、デザート
食後に運ばれてきたのは、熱々の三年番茶。家でいつも煮出している三年番茶を、外食で飲むというのはなんだか不思議な気持ちである。
番茶をすすってほっと一息ついたところでデザートである。抹茶と三年番茶のムースに黒豆がのせられた、和テイストの一品だ。
マクロビオティックとは思えない洒落た見た目だなあと感心しながらスプーンでひとすくい。葛粉で固めてあるというムースは、とろとろのクリームのように柔らかだった。
「ん! 濃い!」抹茶の香りが口いっぱいに広がった。ハーゲンダッツの抹茶味のような濃厚さがある。卵も乳製品も白砂糖も不使用で、ここまでの味が出せるのか。
私は、ふだん家で実践するときにはマクロビオティック料理に華やかさなど求めていなくて、ただ玄米おにぎりと具だくさん味噌汁のようなものが食べられればありがたく、満足してしまうから、平田シェフが見せてくださった華やかなマクロビオティック料理の姿がとても新鮮だった。
頼もしいシェフ
精算時、私は勇気を出して平田シェフに名刺を差し出した。生まれて初めて誰かに名刺を渡す経験だったから緊張したが、平田シェフは怪しがりもせずにこにこと受け取ってくださった。
それをきっかけに少しお話しさせていただいた。「従来のマクロビオティックスイーツはマフィンのようなものばかりで、一度食べたら「もういいや」と見向きされなくなる傾向にあったから、一般的な洋菓子と遜色のないマクロビオティックスイーツを提案することでもっとマクロビオティックを皆に広めていけたらと思っている」と、素晴らしい理念を語ってくださった。
「けれど、いくらマクロビオティックスイーツだからと言って、毎日食べて良いものではなく、週に一度から月に数回にとどめなければいけない」と、マクロビオティックの理論を踏まえた見解をしっかり示してくださったのも頼もしかった。
パティシエの妹も感嘆
おみやげに持ち帰ったお菓子は、家で妹と食べた。
↑ヴァニラフレーズ 690円
パティシエの妹、マクロビオティックスイーツは初体験である。洋菓子の世界にどっぷりの妹が、一体どんな反応を示すか気になったが、妹は「うん、美味しい」と目を輝かせた。
「甘酒が洋酒の代わりみたいな風味を醸し出しているよね。クリームもこってりしていて好き」
「この豆乳クリームに興味がある。作ってみたい」とスプーンにのせたクリームをしげしげと見つめたり味わったりしている妹を見て、マクロビオティックスイーツが秘めた可能性を感じた!
マクロビオティックスイーツは、普通に洋菓子好きで甘党の妹をもうならせるものであった。このスイーツには、自然な形でマクロビオティックを世に伝えていく力がある。
パティスリーシンプルモダンマクロビオティックの果たす役割は大きいと感じた。2009年1月にオープンしたばかりのお店であるが、これからの発展を大いに願い、期待するものである。
(その後、シェフの平田優氏は2012年に福岡県久留米市に拠点を移し、現在は古民家レストランはぜで腕をふるわれている。今後のますますのご活躍を祈念する。)