マクロビオティックコラム

マクロビオティック道の終点を迎えた経緯その3

その2からの続き。

マクロビオティックをやめよう。私はそう思うようになった。

けれど、マクロビオティックをやめるってどういうことだろう? 何が変わるんだろう?

玄米ご飯は続けるし、鉄火味噌とか、三年番茶とか、マクロビオティックを通して知ったアイテムには今後もお世話になるし。

白砂糖もなるべく避けるし、スナック菓子やらカップ麺やらも控えるだろうし。

実際、具体的に変わることはほとんどないだろう。だが明らかに変わるものがある。"意識"だ。自分は今、マクロビオティックの原則によって食を選んでいるか、そうではないか。

マクロビオティックという大前提を、意識から取っ払ってしまうのだ。

私はマクロビオティックを学んだあとも魚介類を悪者だとは思えず、ときおり食べてきた。かつおダシの汁も好きだった。だがそういうものを食べるとき、いつもどこか後ろめたかった。本当は、マクロビオティックでは良くないとされているんだよね……と。

その罪悪感をなくすのだ。

別に、マクロビオティックは魚介類を"禁止"しているわけではなく、「食べなくても健康でいられる」とアドバイスしてくれているだけなのだから、マクロビオティックを実践しているからといって魚介類を食べるのに後ろめたさを感じなくたっていい。

それはわかっている。頭ではよく理解しているつもりだった。けれど、どうしても思ってしまう。本当は食べない方がいいんだよねと。

マクロビオティックというものを基準にする限り、私はマクロビオティックの原則から外れたものを食べるときに生じる暗い気持ちから逃れられない。これは本当に窮屈なことなのだ。

私は食物アレルギーだから、マクロビオティックをやっていようがいまいが、肉、卵、牛乳は原則的に食べられない。これだけでもかなりの制限なのに、魚介類やら白砂糖やらを食べるときにまで罪悪感が芽生えるなんてやっていられない。

だからマクロビオティックを意識からなくしてしまう。自分はマクロビオティックをやっていないのだという前提に立つ。

そうすると、魔法にかけられたように楽になった。

いや、魔法が解けたから楽になったのだろうか? マクロビオティックという呪縛から解き放たれたから……。

かくして私はマクロビオティック道の終点へとたどり着き、マクロビオティックという名のつかない健康道を歩み始めることにしたのだった。

「マクロビオティック羅針盤」なるサイトの運営者として、マクロビオティックの実践を実質的に終了するというのはどうかと思ったが、 食の内容はマクロビオティック実践時と変わりないから、レシピ作成などは今までと変わらずできるだろう。

また、このような道のりもマクロビオティック道の延長にあることは事実であるから、今後たとえ意識からマクロビオティックをなくして生きるとしても、私はマクロビオティックと無関係ではない。

マクロビオティックは確実に私の過去に存在し、今の私を作り上げる一部となった。

体当たりの実践をし、自分で考え続けるマクロビオティック独学者は、マクロビオティックから巣立つのが人より早いかもしれないと私は思う。

巣立つのは誉れだ。修了証書を受け取った証だ。

学ぶべきことは学んだ! 花のアーチをくぐり、私は旅立つ。

今、私の心は晴れ晴れと明るい。


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