マクロビオティックコラム

良心の痛むことはしない

私は赤信号の横断歩道を渡らない。

交通量の多い道路であれば当然のことではある。

だが、走れば三歩で向こう側に行けそうなほど狭い横断歩道で、車が一台も来ていないのに赤信号であるというだけの理由で立ち止まらなければいけないときはどうだろうか。

どんな状況であれ、赤信号なのだから止まるというのが法律的には正しい。しかしどこをどう見ても車が来ないのに、信号機と一対一でにらめっこしているというのも手持ちぶさたなものである。

止まっている私の横をすり抜けて、渡っていく人もいる。

そんなとき、以前は葛藤が生じた。「赤信号を渡るなんてけしからん!」と内心で批判する反面、「車が来ていないのだもの、私だって渡りたい。いいかなあ」と誘惑に駆られてしまう。

真面目に止まっている自分は、果たして正しいのか? 臨機応変に、車が来ないなら行って良しとする方が賢いのでは?

「赤信号では渡ってはいけない」というルールは私が制定したわけではない。だから、その根拠がいまいち自分の中で明確ではない。ゆえに迷うのだ。

だったら、外部が決めた法律とは別に、自分だけに適応されるルールを作ればいい。

私は、良心の痛むことはしないと決めた。

おこなって、どこか罪悪感を抱いたり、後ろ暗くなるようなことはしない

自分を傷つけないために。心を清らかに保つために。堂々と明るく生きるために。

このルールにおいては他人は関係ない。他人がどうあれ、自分の良心が痛むことをしなければ良いのだ。

そうしたら、車の来ない赤信号でも心安らかに待てるようになった。

たとえ安全に渡れるとしても、本当はダメだとわかっているのに赤信号で渡ってしまったら、罪の意識で心が暗くなる。だから渡らない。

他の人が渡っているのを見ても、葛藤が起きなくなった。あの人が渡るのはあの人の問題だから、私が考えなくていい。私はただ、私の良心に背くことさえしなければいい。

自分にとっての善悪の基準がはっきりするとともに、他者の行動が気にならなくなったのは収穫であった。


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