掌編小説:マクロビオティックとの対話〜桜下の老人
2009.2.2 | マクロビオティック・フリートーク
春の風が吹き抜ける丘の上。花もほとんど散ってしまった桜の木の下に、優子は沈んだ顔をして腰を下ろした。膝を抱えてため息をつく。
優子は大学四年生だった。絵描きになる夢があった。けれどどうしても、作品が世に認められないのだった。コンテストに応募して結果を見るたびに、優子の自信は崩れていった。こうなったら就職するしかなかった。絵に関係する仕事に就こうといくつか会社を当たったが、どこも書類選考で落とされた。
この就職難の時代、もう、絵にこだわっている場合ではないのだろうか。私は、私の抱いた夢をどうしたら良いのだろうか。
ここで人生を終えられたら楽だろうな。暗い思いがよぎった。こんなはずではなかった。在学中に才能が開花し、誰かに目をつけられて、なんとか絵描きとしてやっていける。そんな未来を思い描いていたのに。
「どうしたんだ、そんなつまらない顔をして」
突然の声に優子は身を固くし、隣を見上げた。ニッと笑ったのは、黒縁メガネをかけた老人。枯れ木のように痩せた体にくたびれた白いシャツをまとって、足はサンダル履きだ。
考え事をするためにわざわざひとけのない場所を選んだのに、とんだ邪魔が入ったものだ。優子は小さく笑顔を作って会釈し、立ち上がろうとした。それを制するように、老人が隣にどっかとあぐらをかいて座り込む。
「お前さん、腹が減っているんじゃないかね」
顔を引きつらせながら黙って首を横に振る優子に、老人は竹の皮の包みを取り出す。
「ほら、玄米にぎりだよ。これでも食べなさい」
受け取らずにいると、老人はにこにこしながら竹の皮をむいた。ごま塩がまぶされた、こがね色した小ぶりのおにぎりが姿をあらわす。
「元気が出ないときはね、玄米飯を食べるんだよ。よく噛んで。そしたら、玄米がお前さんを励ましてくれる」
何を言っているんだろう、この人は。思いながらも、おにぎりを受け取り、軽くお辞儀をする。
老人は、納得したように大きくうなずいた。
「人生には、思うようにいかないことだってあるさ。苦しくてたまらないときもある。でもそこで投げちゃだめだ。いいかい、すべては動いているんだ。お前さんの状況も、必ず変わる。ほら、この桜の木を見てごらん」
幹を撫でながら、老人は桜の木を見上げた。
「誰に教えられなくたって、花が咲き、花が散り、若葉が出て、茂ってゆくだろう。そして少しずつこの木も大きくなっていく。そんなもんさ。一時期の状況だけ見て、判断しちゃいけない。
この桜も、冬になれば葉を落とすだろう。春に芽吹くためには、そんな時間も必要なのさ。お前さん、今、辛いんだろう? 大丈夫さ。きれいな花咲かすために力を蓄えていると考えればいい。ほらどうだい、太陽が、桜を生かすために照っているだろう。お前さんにもあの光が降り注いでいる」
優子も、老人につられるように桜を見上げた。わずかに残っていた花びらが、風に吹かれて舞い落ちる。
「信じることだ。お前さんが生きている、この大きな自然界の力を。落ち着いて、耳をすませてよく聞いてごらん。心の奥から、お前さんの命の声が聞こえないかい。その通りに動いてみるんだよ。頭でごちゃごちゃ考えずに、心が動く方へ、自然に動いてごらん。信じるんだ。きっとうまくいく。お前さんを生んだこの宇宙は、決してお前さんを見捨てたりしないさ」
視線を戻したとき、優子の目の前に老人の姿はなかった。
驚いて辺りを見回すが、人影はない。
優子は思わず立ち上がり、木の後ろをのぞき込んだりして老人を探した。だが、どこにもいない。
……どこに行ってしまったのだろう? 幻のようにかき消えてしまった。
木々の葉が、気持ちよさそうに風にそよいでいる。
気の抜けたようにその場に座り込んだ優子は、手元に残されたおにぎりを見つめた。そのおにぎりだけが、老人と優子を結んでいた。
おそるおそる、小さく、一口囓ってみる。
--元気が出ないときはね、玄米飯を食べるんだよ。よく噛んで--
老人の声が蘇る。優子は、米粒を奥歯でかみしめた。何度も、何度も。
かすかに甘い味が、唾液に混ざって口の中に広がる。
なぜだか涙が出て、優子は目をこすった。
家に帰って、もう一度、どこか良さそうな会社はないか探してみよう。今度の公募展に向けて描いていた絵も途中だった。明日、授業もあるし……。まずは卒業を目指さなきゃいけないんだった。
残りのおにぎりを食べきって、指についていたごま塩をなめる。いつの間にか日は傾き、空は夕暮れに染まり始めていた。
優子は立って、ジーンズのお尻を払った。
まっすぐ前を向いて、振り返ることなく、歩き出す。
【関連コラム】
優子は大学四年生だった。絵描きになる夢があった。けれどどうしても、作品が世に認められないのだった。コンテストに応募して結果を見るたびに、優子の自信は崩れていった。こうなったら就職するしかなかった。絵に関係する仕事に就こうといくつか会社を当たったが、どこも書類選考で落とされた。
この就職難の時代、もう、絵にこだわっている場合ではないのだろうか。私は、私の抱いた夢をどうしたら良いのだろうか。
ここで人生を終えられたら楽だろうな。暗い思いがよぎった。こんなはずではなかった。在学中に才能が開花し、誰かに目をつけられて、なんとか絵描きとしてやっていける。そんな未来を思い描いていたのに。
「どうしたんだ、そんなつまらない顔をして」
突然の声に優子は身を固くし、隣を見上げた。ニッと笑ったのは、黒縁メガネをかけた老人。枯れ木のように痩せた体にくたびれた白いシャツをまとって、足はサンダル履きだ。
考え事をするためにわざわざひとけのない場所を選んだのに、とんだ邪魔が入ったものだ。優子は小さく笑顔を作って会釈し、立ち上がろうとした。それを制するように、老人が隣にどっかとあぐらをかいて座り込む。
「お前さん、腹が減っているんじゃないかね」
顔を引きつらせながら黙って首を横に振る優子に、老人は竹の皮の包みを取り出す。
「ほら、玄米にぎりだよ。これでも食べなさい」
受け取らずにいると、老人はにこにこしながら竹の皮をむいた。ごま塩がまぶされた、こがね色した小ぶりのおにぎりが姿をあらわす。
「元気が出ないときはね、玄米飯を食べるんだよ。よく噛んで。そしたら、玄米がお前さんを励ましてくれる」
何を言っているんだろう、この人は。思いながらも、おにぎりを受け取り、軽くお辞儀をする。
老人は、納得したように大きくうなずいた。
「人生には、思うようにいかないことだってあるさ。苦しくてたまらないときもある。でもそこで投げちゃだめだ。いいかい、すべては動いているんだ。お前さんの状況も、必ず変わる。ほら、この桜の木を見てごらん」
幹を撫でながら、老人は桜の木を見上げた。
「誰に教えられなくたって、花が咲き、花が散り、若葉が出て、茂ってゆくだろう。そして少しずつこの木も大きくなっていく。そんなもんさ。一時期の状況だけ見て、判断しちゃいけない。
この桜も、冬になれば葉を落とすだろう。春に芽吹くためには、そんな時間も必要なのさ。お前さん、今、辛いんだろう? 大丈夫さ。きれいな花咲かすために力を蓄えていると考えればいい。ほらどうだい、太陽が、桜を生かすために照っているだろう。お前さんにもあの光が降り注いでいる」
優子も、老人につられるように桜を見上げた。わずかに残っていた花びらが、風に吹かれて舞い落ちる。
「信じることだ。お前さんが生きている、この大きな自然界の力を。落ち着いて、耳をすませてよく聞いてごらん。心の奥から、お前さんの命の声が聞こえないかい。その通りに動いてみるんだよ。頭でごちゃごちゃ考えずに、心が動く方へ、自然に動いてごらん。信じるんだ。きっとうまくいく。お前さんを生んだこの宇宙は、決してお前さんを見捨てたりしないさ」
視線を戻したとき、優子の目の前に老人の姿はなかった。
驚いて辺りを見回すが、人影はない。
優子は思わず立ち上がり、木の後ろをのぞき込んだりして老人を探した。だが、どこにもいない。
……どこに行ってしまったのだろう? 幻のようにかき消えてしまった。
木々の葉が、気持ちよさそうに風にそよいでいる。
気の抜けたようにその場に座り込んだ優子は、手元に残されたおにぎりを見つめた。そのおにぎりだけが、老人と優子を結んでいた。
おそるおそる、小さく、一口囓ってみる。
--元気が出ないときはね、玄米飯を食べるんだよ。よく噛んで--
老人の声が蘇る。優子は、米粒を奥歯でかみしめた。何度も、何度も。
かすかに甘い味が、唾液に混ざって口の中に広がる。
なぜだか涙が出て、優子は目をこすった。
家に帰って、もう一度、どこか良さそうな会社はないか探してみよう。今度の公募展に向けて描いていた絵も途中だった。明日、授業もあるし……。まずは卒業を目指さなきゃいけないんだった。
残りのおにぎりを食べきって、指についていたごま塩をなめる。いつの間にか日は傾き、空は夕暮れに染まり始めていた。
優子は立って、ジーンズのお尻を払った。
まっすぐ前を向いて、振り返ることなく、歩き出す。
欲望を信じる
人間の深みが増すとき
厳しさが連れてくる美しさ、苦しみが連れてくる喜び
苦痛は菩薩?
大凶は大吉、大吉は大吉

- 1.マクロビオティックは苦しいか?
- 2.好きにも嫌いにもなりたくない〜マクロビオティックとの距離
- 3.西洋医学とマクロビオティックの両立〜親知らず抜歯後の体験
- 4.電子レンジ、電磁調理器がダメと言われても
- 5.マクロビオティックは誰のもの?
- 6.人生が先、マクロビオティックは後。
- 8.制限ではなく解放
- 9.マクロビオティック独学のススメ
- 10.マクロビオティックを信じてみる気になった理由
- 11.静の般若心経と動の無双原理
- 12.ハメを外すための節制〜要はメリハリ
- 13.マクロビオティックをオープンにしたい
- 14.食べ過ぎると風邪をひく
- 15.前は食べられたものが食べられない〜読者様より
- 16.朝、食欲がない〜読者様より
- 17.マクロビオティックへの批判
- 18.邪食? 普通の食?
- 19.マクロビオティックのトラウマ〜母の囚われ
- 20.健康な人のマクロビオティック
- 21.越えなければいけない壁〜マクロビオティック実践の難関
- 22.食事は仕事〜体を養うための食
- 23.病気の人のマクロビオティック
- 24.一食分の玄米の量(グラム数)
- 25.マクロビオティッ苦
- 26.マクロビオティックが治すのではない
- 27.7号食はマクロビオティックの象徴
- 28.豊かな食事の「危険」とは何か
- 29.マクロビオティックグルメ食べ歩きはマクロビオティックか
- 30.マクロビオティックだけで精神修養できるのか
- 31.楽をしたいなら苦労も背負う
- 32.マクロビオティックが「偉そう」?
- 33.マクロビオティックを理解した道筋の再現
- 34.失敗を繰り返して強くなる
- 35.空腹が薬
- 36.マクロビオティックはおすすめできない?
- 37.厳しいorゆるゆる? 各人に合ったマクロビオティック
- 38.マクロビオティック成功の秘訣-信じること
- 39.独学という勉強方法を信頼する理由
- 40.「食べられなくなった」のではない
- 41.マクロビオティック的進歩の目安…人の食事が気にならない
- 42.強くない体に守られている

- 1.初めての「梅酢で寿司飯」体験記
- 2.マクロビオティック優秀献立「おにぎり・ごぼう汁定食」誕生秘話
- 3.初めての「鉄火味噌(てっかみそ)」体験記
- 4.中庸で変わる体と心〜サインは月経周期28日
- 5.マクロビオティックは超高級
- 6.私の目指す健康=松岡修造
- 7.無月経を吹き飛ばす恋のパワー
- 8.初めての「ねぎ味噌」体験記
- 9.初めての「マイースのハンバーグ」体験記
- 10.皮つきりんごが美味い!
- 11.全粒粉で小麦粉料理の地位向上!
- 12.カップ麺もスナック菓子も、見ざる、言わざる、聞かざる。
- 13.自分をマクロビオティック実践者だなあと感じるとき
- 14.クローン牛・豚が解禁? マクロビオティック実践者の心構え
- 15.厳しさが連れてくる美しさ、苦しみが連れてくる喜び
- 16.人間の深みが増すとき
- 17.続・皮つきりんごが美味い!〜竹嶋さんの無農薬ジョナゴールド
- 18.苦痛は菩薩
- 19.大凶は大吉、大吉は大吉
- 20.掌編小説:マクロビオティックとの対話〜桜下の老人
- 21.肉は、もうわかった。〜憑き物が落ちた瞬間〜
- 22.マクロビオティックで長生き遺伝子発動
- 23.ショックからの立ち直り方〜アベコベの法則+α
- 24.素材を選べば害は減る〜肉でも乳製品でも
- 25.大根葉の水耕栽培でお得気分
- 26.初めての「豆腐チーズ」体験記
- 27.倒れた妹をオーサワジャパンが救う
- 28.初めての「手作り納豆巻き」体験記
- 29.揚げ物の食べ過ぎで頭痛、吐き気
- 30.外食前の玄米おにぎり
- 31.回転寿司にティーバッグ持参
- 32.初めての「完全粉からセイタン作り」体験記
- 33.初めての「グルテン粉からセイタン作り」体験記
- 34.歯医者のストレスとコーヒー
- 35.マクロビオティックは偏食?
- 36.「チャヤマクロビオティックレストラン」探訪記
- 37.「パティスリーシンプルモダンマクロビオティック」探訪記
- 38.大宮氷川神社でマクロビオティックピクニック
- 39.外見は綺麗に、中身は僧侶
- 40.マクロビオティックをやっていないのに苦しんでいる人
- 41.煮詰まってイライラしたらりんごを食べる
- 42.しなびた大根の救済策
- 43.井草八幡宮参拝& 帰って有機そば
- 44.欲望を信じる
- 45.初めての「がんに効く玄米ご飯の炊き方」体験記
- 46.ソバカキって何? 深大寺で初めてそばがきを食す!〜前編〜
- 47.ソバカキって何? 深大寺で初めてそばがきを食す!〜後編〜
- 48.初めての「そばがき手作り」体験記
- 49.初めての「生しぼりにんじんジュース」体験記〜前編〜
- 50.初めての「生しぼりにんじんジュース」体験記〜後編〜
- 51.初めての「食養第一期食そばパン作り」体験記
- 52.スナック菓子を前にして思うこと
- 53.マクロビオティックとウォーキング〜前編〜
- 54.マクロビオティックとウォーキング〜後編〜
- 55.忙しい人のためのチャーハンおにぎり弁当
- 56.マクロビオティックで自炊力アップ
- 57.除毒してジャスミンティーを入れる
- 58.三年番茶ブレンドで陰性を和らげる
- 59.初めての「銀座吉水でランチ」体験記
- 60.にんじんりんごジュースで知る新たな世界〜前編〜
- 61.にんじんりんごジュースで知る新たな世界〜後編〜
- 62.妹の作る栄養不良回復御膳
- 63.除去食ベースのマクロビオティック料理

- 1.「スーパー活力なべで玄米炊き」失敗談
- 2.曖昧レシピで謎のスープ(失敗談)
- 3.実行が一番難しいこと(失敗談)
- 4.電子レンジ回避で玄米腐らせた(失敗談)
- 5.完全粉(全粒粉)でパン作り失敗談
- 6.笑うしかない極短全粒粉うどん(失敗談)
- 7.にんじんりんごジュース飲み過ぎて失敗〜前編〜
- 8.にんじんりんごジュース飲み過ぎて失敗〜後編〜
- 9.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第一話
- 10.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第二話
- 11.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第三話
- 12.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第四話
- 13.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第五話
- 14.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第六話
- 15.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜最終話

- 1.砂糖がダメ? そんなの知らん (マクロビオティック開始〜三ヶ月目)
- 2.白砂糖が甘い、カレーがくどい (四、五ヶ月目)
- 3.本物の醤油の力と7号食 (六ヶ月目)
- 4.7号食パニックと勉強 (七ヶ月目)
- 5.おにぎり・ごぼう汁定食開発、生理ストップ (八ヶ月目)
- 6.干し芋で銀歯が外れる (九ヶ月目)
- 7.欲望のぶり返しと生理復活 (十ヶ月目)
- 8.歯の恐怖で心ここにあらず (十一ヶ月目)
- 9.根性の流動食と噛めない苦しみ (一年目)
- 10.ジュース、カップ麺の代替食研究 (一年一ヶ月目)
- 11.噛めるようになってきた (一年二ヶ月目)
- 12.暴走、失敗、抜歯、暴走 (一年三ヶ月目)
- 13.失敗からおにぎり、活力鍋で玄米 (一年四ヶ月目)
- 14.精神のきらめき初体験!! (一年五ヶ月目)
- 15.月経周期28日と混乱! (一年六ヶ月目)
- 16.理論勉強の大詰めと落ち着き! (一年七ヶ月目)
- 17.もっと自由な境地へ! (一年八ヶ月目)
- 18.制限のないマクロビオティック! (一年九ヶ月目)
- 19.実験は続く! (一年十ヶ月目)



























