アトピー性皮膚炎との歩み〜1.除去食人生スタート
2008.6.27 | アトピー性皮膚炎との歩み
私は生まれてからずっとアトピー性皮膚炎と共に歩んできた。大正元年生まれの祖母から始まった体質で、それは母、私へと受け継がれた。
自身がアトピーである母にとって、娘の私にもアトピーが遺伝したことは容易に想像できたという。離乳食として試しに卵を食べさせたところ湿疹が出たため卵アレルギーと判断し、保育所に預けるときに「アレルギーだから卵を食べさせないように」と頼んでおいた。だが当時、食物アレルギーによるアトピー性皮膚炎はまだ一般にあまり広まってはいなかった。
卵を食べると湿疹が出るということを信じられなかった保育士が、1歳になったばかりの私に、母に黙って卵を食べさせた。それですぐに症状が出なかったため、保育士は自己判断で卵を一週間ほど食べさせたらしい。じきに頬に湿疹が出て、不審に思った母が問うたところ、「なんともなかったから食べさせた」と白状したそうだ。
このことがきっかけで私一人だけ除去食メニューが導入されることになった。「除去食人生」スタートだ。だが、アレルゲンがいまいちはっきりしていなかったせいか、除去食も完全さに欠けた。四歳のときには、患者にアトピー体質の子が90%を占める(*1)という小児喘息にかかり、一ヶ月入院した。
保育所としては、もっときちんと対応するためには医師の診断書が必要だという。
私は、アトピー治療で北海道では有名だった後木健一先生(現在、苫小牧「うしろ木クリニック」(アレルギー専門医院)院長)に診てもらいに、札幌の勤医協中央病院まで車で4時間かけて赴いた。
後木先生は湿疹の出ていた私の顔を見るなりアレルゲンを特定した。一番は牛乳。牛乳がダメということは牛もダメ。牛がダメということは四つ足の動物はすべてダメ。次に卵。卵がダメということは鶏がダメ。
「肉、卵、牛乳を摂ってはいけない」。
この、西洋医学が出した結論と、マクロビオティックの教えが共通していることは、偶然ではないように思う。私がマクロビオティックを信頼するゆえんとなっている、一つの事実だ。
後木先生の診断書を根拠とし、私の食物アレルギーは保育所に公に認められ、除去食が徹底されることになった。
とはいえ、アトピーはすぐには良くならなかった。湿疹を掻き破ったことがきっかけで「とびひ」(伝染性膿痂疹 )にもなり、毎週皮膚科に行って薬を塗り、包帯をぐるぐる巻きにして保育所へ通う日々が続いた。
不思議と、辛いとは思わなかった。子どもには自分の環境をそのまま受け入れ、順応してしまう才能があるようだ。被害者意識がないというのだろうか。「私はアトピーで、肉や卵を食べるとブチブチが出るから食べてはいけないし、今出ているブチブチを治すために薬を塗って包帯で保護しているのだ」。そう理解し、淡々としていた。
アレルゲンの入った食品の味を「知らなかった」のも大きいだろう。ラーメンを見てもフレンチトーストを見ても、興味はそそられても味を知らないのでさほど執着しないで済んだ。味を知ってから節制するのは大変だったと思う。
ただ、やはり、父が居間で卵かけご飯を美味しそうにかき込んでいるのを見たりすると、とても食べたくなった。ほんの少しだけとお願いして、卵の絡んだご飯を3粒ほど食べさせてもらったとき、美味しくて、量を気にせず食べられる父を心底羨ましく思った(子どもが卵のアレルギーなのに見せつけるように卵を食べる父というのは、教育的にどうなのだろうと今は思うが)。
だが3粒でも湿疹はすぐに出る。食べたいけれど食べられない。病気だとわかっているから辛くはないけれど、我慢はしていた。
保育所でのおやつの時間、皆がカステラや動物の形をしたラクトアイスを食べる中、私は持参したプラスチックコップに番茶を入れてもらい、飲んでいた。番茶を注いでくれる給食室のおばちゃんは私に同情していたが、どうってことはなかった。だって食べられないんだから仕方ないという気持ち。今でも皆の食べていたおやつが目に浮かぶほど、アレルゲン入りのお菓子は外見が魅惑的だった。けれど湿疹が出る方がイヤだったから我慢できた。
原材料にアレルゲンが含まれていないおやつのとき(おっとっとなど)だけ皆と一緒に食べた。そんなときは胸が躍った。
静かな我慢を重ねた幼少期のおかげで、私のアトピーは、小学校に上がる前にはかなり良くなっていた。
【アトピー性皮膚炎との歩みシリーズ】
自身がアトピーである母にとって、娘の私にもアトピーが遺伝したことは容易に想像できたという。離乳食として試しに卵を食べさせたところ湿疹が出たため卵アレルギーと判断し、保育所に預けるときに「アレルギーだから卵を食べさせないように」と頼んでおいた。だが当時、食物アレルギーによるアトピー性皮膚炎はまだ一般にあまり広まってはいなかった。
卵を食べると湿疹が出るということを信じられなかった保育士が、1歳になったばかりの私に、母に黙って卵を食べさせた。それですぐに症状が出なかったため、保育士は自己判断で卵を一週間ほど食べさせたらしい。じきに頬に湿疹が出て、不審に思った母が問うたところ、「なんともなかったから食べさせた」と白状したそうだ。
このことがきっかけで私一人だけ除去食メニューが導入されることになった。「除去食人生」スタートだ。だが、アレルゲンがいまいちはっきりしていなかったせいか、除去食も完全さに欠けた。四歳のときには、患者にアトピー体質の子が90%を占める(*1)という小児喘息にかかり、一ヶ月入院した。
保育所としては、もっときちんと対応するためには医師の診断書が必要だという。
私は、アトピー治療で北海道では有名だった後木健一先生(現在、苫小牧「うしろ木クリニック」(アレルギー専門医院)院長)に診てもらいに、札幌の勤医協中央病院まで車で4時間かけて赴いた。
後木先生は湿疹の出ていた私の顔を見るなりアレルゲンを特定した。一番は牛乳。牛乳がダメということは牛もダメ。牛がダメということは四つ足の動物はすべてダメ。次に卵。卵がダメということは鶏がダメ。
「肉、卵、牛乳を摂ってはいけない」。
この、西洋医学が出した結論と、マクロビオティックの教えが共通していることは、偶然ではないように思う。私がマクロビオティックを信頼するゆえんとなっている、一つの事実だ。
後木先生の診断書を根拠とし、私の食物アレルギーは保育所に公に認められ、除去食が徹底されることになった。
とはいえ、アトピーはすぐには良くならなかった。湿疹を掻き破ったことがきっかけで「とびひ」(
不思議と、辛いとは思わなかった。子どもには自分の環境をそのまま受け入れ、順応してしまう才能があるようだ。被害者意識がないというのだろうか。「私はアトピーで、肉や卵を食べるとブチブチが出るから食べてはいけないし、今出ているブチブチを治すために薬を塗って包帯で保護しているのだ」。そう理解し、淡々としていた。
アレルゲンの入った食品の味を「知らなかった」のも大きいだろう。ラーメンを見てもフレンチトーストを見ても、興味はそそられても味を知らないのでさほど執着しないで済んだ。味を知ってから節制するのは大変だったと思う。
ただ、やはり、父が居間で卵かけご飯を美味しそうにかき込んでいるのを見たりすると、とても食べたくなった。ほんの少しだけとお願いして、卵の絡んだご飯を3粒ほど食べさせてもらったとき、美味しくて、量を気にせず食べられる父を心底羨ましく思った(子どもが卵のアレルギーなのに見せつけるように卵を食べる父というのは、教育的にどうなのだろうと今は思うが)。
だが3粒でも湿疹はすぐに出る。食べたいけれど食べられない。病気だとわかっているから辛くはないけれど、我慢はしていた。
保育所でのおやつの時間、皆がカステラや動物の形をしたラクトアイスを食べる中、私は持参したプラスチックコップに番茶を入れてもらい、飲んでいた。番茶を注いでくれる給食室のおばちゃんは私に同情していたが、どうってことはなかった。だって食べられないんだから仕方ないという気持ち。今でも皆の食べていたおやつが目に浮かぶほど、アレルゲン入りのお菓子は外見が魅惑的だった。けれど湿疹が出る方がイヤだったから我慢できた。
原材料にアレルゲンが含まれていないおやつのとき(おっとっとなど)だけ皆と一緒に食べた。そんなときは胸が躍った。
静かな我慢を重ねた幼少期のおかげで、私のアトピーは、小学校に上がる前にはかなり良くなっていた。
アトピー性皮膚炎との歩み〜1.除去食人生スタート
アトピー性皮膚炎との歩み〜2.除去食で成長
アトピー性皮膚炎との歩み〜3.浪人時代の脱ステロイド
アトピー性皮膚炎との歩み〜4.大学時代の油断
アトピー性皮膚炎との歩み〜5.マクロビオティックとの出会い
アトピー性皮膚炎との歩み〜6.砂糖禁止の衝撃
アトピー性皮膚炎との歩み〜7.マクロビオティックへの信頼
アトピーのステロイド剤とマクロビオティック
マクロビオティックが消してくれた悲しみ
*1アレルギー情報センター「肺の中ではどのようなことがおこっているのでしょう」

- 1.マクロビオティックは苦しいか?
- 2.好きにも嫌いにもなりたくない〜マクロビオティックとの距離
- 3.西洋医学とマクロビオティックの両立〜親知らず抜歯後の体験
- 4.電子レンジ、電磁調理器がダメと言われても
- 5.マクロビオティックは誰のもの?
- 6.人生が先、マクロビオティックは後。
- 8.制限ではなく解放
- 9.マクロビオティック独学のススメ
- 10.マクロビオティックを信じてみる気になった理由
- 11.静の般若心経と動の無双原理
- 12.ハメを外すための節制〜要はメリハリ
- 13.マクロビオティックをオープンにしたい
- 14.食べ過ぎると風邪をひく
- 15.前は食べられたものが食べられない〜読者様より
- 16.朝、食欲がない〜読者様より
- 17.マクロビオティックへの批判
- 18.邪食? 普通の食?
- 19.マクロビオティックのトラウマ〜母の囚われ
- 20.健康な人のマクロビオティック
- 21.越えなければいけない壁〜マクロビオティック実践の難関
- 22.食事は仕事〜体を養うための食
- 23.病気の人のマクロビオティック
- 24.一食分の玄米の量(グラム数)
- 25.マクロビオティッ苦
- 26.マクロビオティックが治すのではない
- 27.7号食はマクロビオティックの象徴
- 28.豊かな食事の「危険」とは何か
- 29.マクロビオティックグルメ食べ歩きはマクロビオティックか
- 30.マクロビオティックだけで精神修養できるのか
- 31.楽をしたいなら苦労も背負う
- 32.マクロビオティックが「偉そう」?
- 33.マクロビオティックを理解した道筋の再現
- 34.失敗を繰り返して強くなる
- 35.空腹が薬
- 36.マクロビオティックはおすすめできない?
- 37.厳しいorゆるゆる? 各人に合ったマクロビオティック
- 38.マクロビオティック成功の秘訣-信じること
- 39.独学という勉強方法を信頼する理由
- 40.「食べられなくなった」のではない
- 41.マクロビオティック的進歩の目安…人の食事が気にならない
- 42.強くない体に守られている

- 1.初めての「梅酢で寿司飯」体験記
- 2.マクロビオティック優秀献立「おにぎり・ごぼう汁定食」誕生秘話
- 3.初めての「鉄火味噌(てっかみそ)」体験記
- 4.中庸で変わる体と心〜サインは月経周期28日
- 5.マクロビオティックは超高級
- 6.私の目指す健康=松岡修造
- 7.無月経を吹き飛ばす恋のパワー
- 8.初めての「ねぎ味噌」体験記
- 9.初めての「マイースのハンバーグ」体験記
- 10.皮つきりんごが美味い!
- 11.全粒粉で小麦粉料理の地位向上!
- 12.カップ麺もスナック菓子も、見ざる、言わざる、聞かざる。
- 13.自分をマクロビオティック実践者だなあと感じるとき
- 14.クローン牛・豚が解禁? マクロビオティック実践者の心構え
- 15.厳しさが連れてくる美しさ、苦しみが連れてくる喜び
- 16.人間の深みが増すとき
- 17.続・皮つきりんごが美味い!〜竹嶋さんの無農薬ジョナゴールド
- 18.苦痛は菩薩
- 19.大凶は大吉、大吉は大吉
- 20.掌編小説:マクロビオティックとの対話〜桜下の老人
- 21.肉は、もうわかった。〜憑き物が落ちた瞬間〜
- 22.マクロビオティックで長生き遺伝子発動
- 23.ショックからの立ち直り方〜アベコベの法則+α
- 24.素材を選べば害は減る〜肉でも乳製品でも
- 25.大根葉の水耕栽培でお得気分
- 26.初めての「豆腐チーズ」体験記
- 27.倒れた妹をオーサワジャパンが救う
- 28.初めての「手作り納豆巻き」体験記
- 29.揚げ物の食べ過ぎで頭痛、吐き気
- 30.外食前の玄米おにぎり
- 31.回転寿司にティーバッグ持参
- 32.初めての「完全粉からセイタン作り」体験記
- 33.初めての「グルテン粉からセイタン作り」体験記
- 34.歯医者のストレスとコーヒー
- 35.マクロビオティックは偏食?
- 36.「チャヤマクロビオティックレストラン」探訪記
- 37.「パティスリーシンプルモダンマクロビオティック」探訪記
- 38.大宮氷川神社でマクロビオティックピクニック
- 39.外見は綺麗に、中身は僧侶
- 40.マクロビオティックをやっていないのに苦しんでいる人
- 41.煮詰まってイライラしたらりんごを食べる
- 42.しなびた大根の救済策
- 43.井草八幡宮参拝& 帰って有機そば
- 44.欲望を信じる
- 45.初めての「がんに効く玄米ご飯の炊き方」体験記
- 46.ソバカキって何? 深大寺で初めてそばがきを食す!〜前編〜
- 47.ソバカキって何? 深大寺で初めてそばがきを食す!〜後編〜
- 48.初めての「そばがき手作り」体験記
- 49.初めての「生しぼりにんじんジュース」体験記〜前編〜
- 50.初めての「生しぼりにんじんジュース」体験記〜後編〜
- 51.初めての「食養第一期食そばパン作り」体験記
- 52.スナック菓子を前にして思うこと
- 53.マクロビオティックとウォーキング〜前編〜
- 54.マクロビオティックとウォーキング〜後編〜
- 55.忙しい人のためのチャーハンおにぎり弁当
- 56.マクロビオティックで自炊力アップ
- 57.除毒してジャスミンティーを入れる
- 58.三年番茶ブレンドで陰性を和らげる
- 59.初めての「銀座吉水でランチ」体験記
- 60.にんじんりんごジュースで知る新たな世界〜前編〜
- 61.にんじんりんごジュースで知る新たな世界〜後編〜
- 62.妹の作る栄養不良回復御膳
- 63.除去食ベースのマクロビオティック料理

- 1.「スーパー活力なべで玄米炊き」失敗談
- 2.曖昧レシピで謎のスープ(失敗談)
- 3.実行が一番難しいこと(失敗談)
- 4.電子レンジ回避で玄米腐らせた(失敗談)
- 5.完全粉(全粒粉)でパン作り失敗談
- 6.笑うしかない極短全粒粉うどん(失敗談)
- 7.にんじんりんごジュース飲み過ぎて失敗〜前編〜
- 8.にんじんりんごジュース飲み過ぎて失敗〜後編〜
- 9.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第一話
- 10.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第二話
- 11.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第三話
- 12.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第四話
- 13.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第五話
- 14.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜第六話
- 15.栄養失調〜いわゆる夏バテ〜最終話

- 1.砂糖がダメ? そんなの知らん (マクロビオティック開始〜三ヶ月目)
- 2.白砂糖が甘い、カレーがくどい (四、五ヶ月目)
- 3.本物の醤油の力と7号食 (六ヶ月目)
- 4.7号食パニックと勉強 (七ヶ月目)
- 5.おにぎり・ごぼう汁定食開発、生理ストップ (八ヶ月目)
- 6.干し芋で銀歯が外れる (九ヶ月目)
- 7.欲望のぶり返しと生理復活 (十ヶ月目)
- 8.歯の恐怖で心ここにあらず (十一ヶ月目)
- 9.根性の流動食と噛めない苦しみ (一年目)
- 10.ジュース、カップ麺の代替食研究 (一年一ヶ月目)
- 11.噛めるようになってきた (一年二ヶ月目)
- 12.暴走、失敗、抜歯、暴走 (一年三ヶ月目)
- 13.失敗からおにぎり、活力鍋で玄米 (一年四ヶ月目)
- 14.精神のきらめき初体験!! (一年五ヶ月目)
- 15.月経周期28日と混乱! (一年六ヶ月目)
- 16.理論勉強の大詰めと落ち着き! (一年七ヶ月目)
- 17.もっと自由な境地へ! (一年八ヶ月目)
- 18.制限のないマクロビオティック! (一年九ヶ月目)
- 19.実験は続く! (一年十ヶ月目)



























