この健康法で病気を治した道のり

自分が自分の主治医となって~マクロビオティックからの卒業

息苦しい

その2(一ヶ月に三度の病で体がボロボロ)からの続き)

栄養失調で倒れた余韻が残る体で暴飲暴食をして高熱と下痢に見舞われ、治りきっていないうちに無理をするからまた倒れ。

二度目までは頑張ってくれた体も、三度目となるとそうはいきませんでした。

本格的に反省し、布団に一日中寝ているのに、三週間経ってもちっとも良くならないのです

むしろ悪化していました。とても息苦しいのです。まるで水底に体を沈められたかのように、肺に圧迫感があります。息が深く吸えず、ただ呼吸をすることすら困難でした。

病院へ

熱は、37度台前半のまま下がりません。マラソンを走り終えた直後のように常に疲れており、体を起こすのもままなりません。

私は一体、何の病気になってしまったのだろう。マクロビオティック実践者として「自分の医者は自分」という意識があったため、病院には行かずに治そうと思っていたのですが、治らない日々が一日、一日と延びていくにつれ、不安が高まっていきます。

とにかく、肺がおかしい。肺炎だろうか。それとも喘息? もしかしてもっと重篤なものだったら……。

恐怖に負け、私はついに病院を訪れました。レントゲンを撮り、血液検査をし、喘息の検査もしました。

想像の中で、私は肺の重い病でした。レントゲンを撮ったらきっと真っ白に写るに違いない……。それでも構わない。自分が一体何の病気なのか知りたい。そうじゃなければ、治療のとっかかりがつかめない。

しかし結果は拍子抜けするようなものでした。医者はレントゲンを私に見せながら、「綺麗ですよ。影はありません」と言い切りました。血液検査の数値にも異常はありません。喘息検査も、正常の範囲。

そんなはずはないと思いました。現に、私はこんなに息苦しいし、熱もあるし、体もだるいのです。

それを訴えても医者は首を傾げるばかりでした。「原因がわからない」と言うのです。

自分の医者になる~マクロビオティックからの卒業

その後二度通院しましたが、状況は変わりません。「また一ヶ月経ったら様子を見せに来てください」と言われるばかりです。

病院ではどうすることもできない病気なんだと私は悟りました。そしてそのときから、私は真の意味で自分が自分の医者になろうと決めたのです。

希望が射しました。心に情熱が宿ります。私の体だもの、この病気はきっと私が治してみせる

私が医者として自分に下した診断は、病気を短期間に繰り返したせいで免疫力・抵抗力が極端に落ち込み、全身症状につながっているというものでした。

では、免疫力・抵抗力を上げるためにはどうしたら良いか? 休養をしっかり取りながら、毎日の食事で体を根底から整えていくのがベストだろう。

食生活によって健康を損ねた私は、食生活によって健康を取り戻そうと立ち上がったのです。

自分が自分の主治医となり、真っ向から病気と対峙していくにあたり、私はまずマクロビオティックから卒業することにしました。

この決断には勇気が要りました。もう二年以上、マクロビオティックの理論に忠実に沿った食生活を送ってきていたのです。

けれど私はマクロビオティックから離れる必要がありました。

そもそも今回の病気は、マクロビオティック実践こそが招いたのです。マクロビオティックのルールに永久に従わねばならないと想像したときの閉塞感から逃れようとして食生活が乱れ、結果、病に堕ちたのです。

それにマクロビオティックは、私ではなく、創始者である桜沢如一氏の健康法なのでした。

マクロビオティックには確かに健康になるための普遍的な真理が含まれ、その理論に従った食生活は素晴らしいものです。

しかしやはり、マクロビオティックは他人の健康法なのです。自分の体に合うポイントもあれば、合わないポイントもあります。

他人の型に無理矢理自分を押し込め続ければどうなるでしょうか。最初は良くても、そのうちに窮屈になってきて体の節々が痛み、そこから抜け出したくてたまらなくなるはずです。

自分の体に完全にフィットした、自分だけの健康法が最上です

それを見つけるために、私はマクロビオティックを脱ぎ捨てました。

あとには、病み疲れた体と、今までのマクロビオティック実践によって得ていた「食と健康に関する経験」が残っていました。

ここから先、風前の灯火となった免疫力・抵抗力を上げていく長い闘いが始まります。